津軽国定公園十二湖「青池」
深浦町の文化

文化

古い歴史に彩られた深浦には、多くの文化財が散在しています。
神社仏閣をはじめ、信仰の対象として大切にされてきた数多くの巨木……
それらは歳月の重さに耐え、今なお私たちに語りかけます。
文化財を訪ね、そのルーツを探ってみませんか……。
人々の心に去来したであろう想いが、今、私たちの胸に熱く迫ります。


神仏

 藩政期、柳田から舮作に至る道は長く険しいものでした。ある所では険阻な山道、またある所は石道の続く浜街道でした。現在と違って旅や漁は危険の伴うものでしたので、人々は海の安全・大漁・豊作・村中安全・家内安息のため、或いは供養のため天地の神仏に祈願をしてきました。今でも近郷からの参拝者が後を断ちません。
 

●神明宮
寛永11年、津軽二代藩主信牧が海上航行の安全と国中安泰祈願のため、吾妻館に勧請。吾妻館の宮遠きに付きと現在地に移し、その後熊野宮を合祀して今の神明宮になったといわれています。
●弁天島・弁天宮
全国の津々浦々に「弁天様」と呼ばれる祠が建立されているように深浦に入港する岬の一つにも弁天宮が建てられています。帆船交通の盛んな時代、海上航海の安全を祈願し、さらに大漁を祈願して弁財天を祭神としてまつって小祠を建立したと伝えられています。「弁天島日照」の景は特にすぐれ景勝地として詩歌にうたわれる絵面となってきました。
●春日神社
勧請は、元禄11年(1698)で北金ヶ沢の産土神です。社前に広がる洋々たる蒼海を背景にして、そびえたつケヤキの大樹は文化財(天然記念物)として保護しています。
●見入山観音堂
津軽観音霊場第9番の札所で、津軽霊場の中で最も難所とされている見入山観音堂は、室町時代の初期に創建されたと伝えられています。山伏の修験場であったといわれる急坂をゆっくり登り、断崖上の見入山観音堂にたどり着くと、そこからはすばらしい追良瀬の渓流を望むことができます。
●大間越神社
祭神は稲魂命であり、食べ物の神様とされています。旧来は5月10日の祭典でしたが、昭和30年代から6月10日となり、「春日祭」別名「鹿嶋祭」が行われます。また、8月13日には「獅子舞」の踊り等、大間越地区の守護神でもあります。
●岩崎神社
鎮守の産土神は毘沙門宮です。すなわち現在の武甕槌神社であり、元和年中(1615~1623)の建立とあります。
 祭典は12月30日に行われ、毎年丹誠こめた献台、俵、しめなわが五穀豊穣と大漁の願いをこめて勇ましい裸参りによって奉納されます。「裸参り」は、貴重な民俗文化財として内外に紹介されています。


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